2019年夏山備忘録 長次郎雪渓

7月後半、長次郎谷から剱岳を目指した。
剱岳に長次郎雪渓から登るルートは破線ルートとして山と高原の地図にも掲載されている。剱岳本峰に至るだけでなく、八ッ峰をはじめとする剱岳のクライミングエリアへのアプローチとしても使われている。今年は、まだなんとか雪渓が稜線までつながっている7月末、剱澤小屋を起点に長次郎雪渓を登った。

 ガイドになりたての頃、剱岳のことを知りたくて剱岳の山小屋で小屋番をした。真砂沢ロッジという、剱沢雪渓の末端にある山小屋だった。長次郎谷の出合から剱沢雪渓をさらに30分ほど下った場所にある。当時の主人は佐伯成司さんという、地元芦峅寺に生まれ育った生粋の立山ガイドで、剱岳界隈では知らない人はいない名物主人だった。激しさと人懐っこさが同居した、「漢(おとこ)」と呼ぶに相応しい人だった(きっと今もそうだだろう)。武勇伝も多く、当時すでになかば伝説化していた。

 そんな真砂沢ロッジは、アルバイトで入る小屋番が長続きしないことで有名で、いついつの小屋番は1日で消えたとか、誰それは一週間持った、小屋番が逃げ出して成司さんがそのシーズンは一人で切り盛りしていたとか。泊まらしてくれと行ってきた登山客を追い返した、取材に来た記者を怒鳴りつけたとかいう話にも事欠かず、確かに一緒に働いている間にも、その類のことが頻発していた。だが、成司さんを慕ってやってくる登山者も多く、ここをベースに八ッ峰やチンネ、北方稜線をガイドする山岳ガイドたちからも慕われていた。
 そんな真砂沢ロッジも成司さんが山を降りてオーナーが変わり、小屋の雰囲気も変わった。新オーナーは、薬師沢小屋や剱御前小舎の小屋番を長く務めた坂本さん。新しい時代が始まったようだ。

 剱岳はメインの登頂ルートである別山尾根の他に、この長次郎雪渓から登るルートや、源次郎尾根、早月尾根、北方稜線、劔尾根、別山尾根からアプローチする本峰南壁など、いずれも個性的で手強いルートがある。長次郎雪渓はアプローチの剱沢雪渓とともに雪渓の状態によって難易度が変わる。8月初旬までなら、そい苦労することなく歩くことができるだろう。今回7月末で雪の状態は良くとくに苦労した箇所はなかった。ひたすら雪渓を登り、稜線手前でクレバスをかわして山頂への最後の登りに入った。

 真砂沢ロッジのこととともに、今回もうひとつ、思い出すことがあった。それは山岳写真家新井和也さんが、この地で亡くなったことだった。2013年7月20日夜、新井さんは長次郎の頭あたりで巨大な落石を受け滑落、下敷きになってそのまま亡くなった。奇しくも、同じ日の午前中に自分のその場所を通過していた。もしかしたら自分がその落石に遭っていたかもしれない、と思った。

山では何が起こるか判らない。生死を分けるほど事が、自分の意思に関係なく、気がつかないうちに起こって消え去っている。生かされた自分がいる。